本年度の主要な目標は二点、(1)びん東区方言祖語の韻母の再構および(2)福建省古田方言の調査であった。 (1)について。韻母の再構は陰声韻から始め、昨年度中にその部分はほぼ完成させることができた。びん東区方言祖語における陰声韻は、*-iAiと*-uAiを除くと、ほぼ《戚林八音》に一致すること、音節末子音の区別を保存する(広義の)寧徳方言が陰声韻に関してはもつとも大きな変化を被っていること、などを明らかにすることができた。音節末韻尾をもつ韻母の再構が本研究の大きなポイントなのだが、研究をそこまで進めることはできなかった。平成22年度の上半期には全体の再構を完成させ、10月台湾で開催される「第八回台湾語言及其教学国際学術研討会」でその結果を発表したい。 (2)について。古田方言を調査した理由は、この方言が侯官グループの中でもっとも保守的を様相をとどめているかに思われたからてある。調査の結果はその予想通りで、陰声韻についていうと古田方言は《戚林八音》に非常によく一致する。このことからすると、陽声韻と入声韻の主母音および介音+主母音の部分についても、古田方言の音形が古い状態を保つものである可能性が大きい。古田方言のびん東区方言群音韻史におけるこの重要性に鑑み、本研究課題の報告書には古田方言の通時的特徴を詳しく論ずる部分をもうけることにした。調査自体はまだ完成していないので、平成22年度に引き続き補足、チェック調査を行う。 本研究で再構のデータとする霞浦方言については平成21年3月に出版した《びん東区福寧片四県市方言音韻研究》においてその音韻体系を詳しく記述・分析し、また同音字表を提示した。本書で記述したのは霞浦県長春方言であるが、この方言と城関方言を比較することにより、古い段階の霞浦方言に音節末韻尾の対立が保たれていたらしいことが明らかとなった。本研究課題にとって重要な発見だったと思う。
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