新出資料である奈良国立博物館蔵『悉曇蔵』の朱点について、巻第八冒頭の麼多(母音類)を一覧にした箇所に併記された二系統の伝承が、「四家悉曇記」にも記載される難〓・空海の二系統の発音に相当すること、声点に関しては、続く体文(子音類)を一覧にしたものを含めて、難〓の声調を採用したものであることを確認した。その一方で、さらに続く悉曇章部分の声点は、空海の麼多の声調に依拠した加点がなされていることを見いだした。この『悉曇蔵』写本の巻第一は、奥書によると、明覚の加点本を移点したものであり、巻第八も同筆の移点本である、つまり明覚の梵字の読みを伝えたものであるとの推定もあるが、加点されている梵字の読み方は、明覚自身のものとしては、いくつかの点で不審があることも判明した。七月と十二月に開催された石山寺聖教調査においては、校倉聖教、第十二函四号『金剛頂蓮花部心念誦儀軌(不空訳)』一巻、同七号『金剛頂蓮花部心念誦儀軌』一巻、同一七号『金剛界儀軌』一帖、同一九号『金剛界儀軌』一帖、第一六函一号(1)~(10)『守護国界主陀羅尼経』十巻を拝観し、摘要作業を行った。八月の東寺観智院聖教調査においては、第二〇二函四号『麼多体文清濁記』の音注を詳細に分析することにより、この書が『悉曇字記創学鈔』の賢宝補筆部分の素材として、『創学鈔』に先行して編まれたものである可能性が高いことを推定した。また、第二六箱三二号『金剛頂蓮華部心念誦儀軌』一巻、第二九箱二四号『金剛頂蓮華部心念誦儀軌』一帖の調査を行った。前者には、平安中期の四次にわたる加点があるが、いずれも真言に対する加点を有していた。後者は天喜三年(一〇五五)の加点で、「跋〈ハム〉捺〈太〉〓」「〓〈ケム〉婆」のように、濁音の前のt入声を「ム」で表記した例が見いだされた。
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