本年度は特に東大寺文書第三部を中心として、東寺百合文書の経済文書類、仁和寺聖教類について、書風・書体に関する予備的調査を行った。その一部については画像解析ツール(イパレット・ネクサス)を用いて書風・書体の類似に関する計量的・統計的分析も試みているが、現時点では数値的に有意な調査結果は得られていないため、大規模にデータベース化する作業に着手する段階には至らなかった。しかしながら、殊に東大寺文書第三部9(請定・着到に関する部分)等において、視覚的調査によって書風・書体の類似する文書群が見いだされるに至り、その分析手法について検討を進めている所である。その検討の過程において、書記習慣(必ずしも規範的なものではないが、文字集団の一定範囲において行われていな書記のあり方)と書体・書風の連関性について見いだされるところがあり、来年度中にその研究結果が発表できるよう、ほぼ準備が整った段階である。一般的に文字記号の形状に関する調査に当たっては、現状の画像分析手法による計量的分析では、視覚的印象における明確な差異を客観的数値にそのまま表現することの出来る段階に至っていないう問題が改めて浮き彫りにされ、その分析手法そのものの再検討という方法論上の課題も見いだされた。 また、本研究事業の過程において、書記規範・書記習慣の史的研究にあっては、必ずしも言語的(陳述的)形態を取らない書記資料(上記、請定・着到はその典型例である)が重要性を有する場合のあることが判ってきた。そのことから、副産物的成果ではあるが、それに含まれる言語的要素の範囲から書記体を再分類する必要のあることについて着想を得、「書記特有表現としてのメモ体-非陳述的書記体の沿革-」として発表することを得た。
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