本年度は、片仮名本私家集が書写された13世紀・14世紀を中心に、片仮名本と平仮名本の和歌の書記の実態を比較することに焦点をあてて、その異なったありかたを歴史的に観察することにより、表音文字体系の機能の一面をより具体的に明らかにすることをあざりた。 具体的には、片仮名表記された中世和歌のうち、『冷泉家時雨亭叢書』承空本私家集上・中・下巻(朝日新聞社)(2006年~2007年)におさめられた、13世紀末から14世紀初頭に書写された片仮名本の私家集41種を対象として調査分析の準備を行った。承空本のいくつもの家集が、平仮名本である宮内庁書陵部蔵(510・12)御所本三十六人集の祖本となる例が多いことが指摘されている。一方で、資経本を祖本とする書写本も複数存在する。 そこで、承空本私家集を中心に、先行研究から本文系統をたどり、比較すべき平仮名本を選択し、リストを作成することを行った。 また、資経本を親本とするもののうち、「実方朝臣集」「行尊大僧正集」について字母データを作成し、平仮名本である資経本と、片仮名本である承空本との表記の比較対照を行った。 また、平仮名文献において書写段階で生じる「間違い」について、桂宮本『かげろふ日記』の<ん>字がモの音節にあてられる例を多量に含むことに注目し、これら<ん>が仮名<て>と"間違って"書写されにと推定される例について、なぜそのように推定されるのか、また推定が正しいとすれば、なぜそのような「間違い」が生じたのか、について調査分析を行った。
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