(1)近年出土量が増加している7・8世紀木簡の表記、とくにウタの表記について、そこに用いられる仮名(漢字の表音用法)が、平安時代の平仮名に共通することを確認し、古代律令官人たちの日常の書記活動において、基層の仮名とも呼べる共通の仮名の体系の存することを指摘した。さらにそれを、やはり近年増加してきている韓国木簡と対比すると、漢字の表音用法が日本列島よりも1世紀先んじるにもかかわらず、文章全体を表記するための仮名の体系を確立しえなかったことが指摘でき、その原因を、両語の音節構造の差に求めた。(「日本における新出資料の増加と既存資料の見直し-新出資料から見えてくるもの-」) (2)記紀万葉集に用いられている仮名のうち、固有名表記に用いられる仮名の用法を、木簡等の一次資料の表記と比べたときに、それほど大きな隔たりはなく、かえって、一次資料の方に多様性がみられることを明らかにした(「古事記本文中の仮名と万葉集訓字表記主体歌巻の仮名-固有名表記と音訓意識-」および「古事記の固有名表記をめぐって」)。これによって、万葉集における仮名書き諸巻の仮名と訓字主体歌巻の仮名とでは、質的に差があることがわかる。しかしながら、一字一音の借音仮名に関する限り、基盤を共有していることが指摘でき(報告書付録、古代仮名字母対照表)、この部分において、平仮名への展開を考えることができることが指摘できる。 以上の、結果により、今後、漢字の表音用法としての仮名から、文字としての仮名への展開を考える上で、万葉集という資料の扱いにおいて、質的な差異を追求することの必要性が浮かび上がってきたことは、重要な指摘であるという結論に至った。
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