研究目的は、古代日本語の書記言語を解明することにある。中国少数民族のナシ族の書記規範を調査することによって、固有の文字を持たなかった日本に中国語文が将来し古代中国の漢語文の書記規範が古代日本語の書記をいかに制限し、またいかなる理由によってその制限から離れてゆくかを明らかにすることである。 今年度は、毛利正守「倭文体の位置づけをめぐって-漢字文化圏の書記を視野に入れて」(『萬葉』202号、2008年)を踏まえて、まず7月30日から8月5日まで、中国雲南省麗江においてフィールドワークを実施した。ナシ族の成人男女に語序に関する正文と非文、非文に対する許容の程度について、こちらで作成したアンケートを元に個別面談調査を行った。これまで(2005~2007年)に行った調査をもとに、今回は被験者の人数を増やし、アンケートの内容文をより緻密に工夫することによって、これまでの結果を更に補強することができた。 ナシ族が日常用いる口頭言語は語序・語法など日本語に近似するナシ語であるが、書記言語は中国語文であり、中国語文はナシ族にとって「書記における自国語」となっている。このようなシステムを古代の日本語と比較しつつ、現在のナシ族における活きたかたちでの観察や調査が可能な口頭言語と書記言語とを一方に対置してみることで、黎明期の日本語の書記言語の成り立ちが浮き彫りとなり、古代語の文体を「漢文体」と共に、「倭文体」の概念で捉えることの論拠が確固たるものとなってきた。 本調査を元に、連携研究者との研究会においてさらに討議を重ねており、日本で研修中のナシ族・白族の研修員とも研究会をもっている。また、中国南京大学でも朝鮮族・モンゴル族の方々にアンケート調査をするなど、幅広くサンプルや情報を収集している。
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