前置詞acrossについて、通常用法:I walked across the street、通路用法:I walked across the bridgeおよび自由用法:An elephant walked across the pondの3種類とその目的語名詞句との意味関係について考察した。acrossの進路の問題つまり移動するモノがどのような形状のモノの上をどの方向にどういう経路で進んでいくかという問題は、一般に認識されている以上に複雑な様相を呈している。前置詞acrossは、Talmy(2000)によれば、細長い平面的な物体または空間の長い方の軸線を横切るときに使われ、目的語には道路や川など一定の幅があって直線状に伸びているモノが生起する。しかし、通路用法では、細長い河川を横切るにもかかわらず、通路である橋を縦長に渡るという意味になっている。通路用法は言語における図地分化逆転現象の一つの現れであるが、Herskovits(1997)が指摘するように、acrossの移動経路は、(i)「移動の起点Xと着点Yが対側地点(opposites)として適切であること」と(ii)「進路が全体として概ね真っすぐであること」に依存して、かなりの自由度がある。橋の長い軸線に沿って歩いても、acrossの意味とは何ら矛盾するものではなく、上記の自由用法も存在する。プロトタイプから他の移動経路への意味の変化を説明するために、次の2段階の拡張プロセスを提案する。まず「図地形状認識+対側地点指定」によってプロトタイプを保存しつつ通路用法が可能となり、次いで「対側地点指定」条件のみが残り、移動経路の出発点と到達点が明確に認識されるという条件の下で、自由経路が可能になる。漸次的な拡張によって、acrossのプロトタイプ意味を基にして、様々な移動ラインが形成されるのである。
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