本研究の目的は、語用論的な観点から時制の中英語から初期近代英語への発達を分析することである。時制には言語使用者や文脈等の要因が密接に関わっているにもかかわらず、歴史的なデータにおいては、語用論的な分析はこれまで殆どなされてこなかった。本研究においては、言語行為等のミクロなレベルに留まらず、会話や談話等のマクロなレベルに踏み込んだ検討を行い、時制の意味や機能が歴史的にどのように発達してきたのかを体系的に分析してきた。 本年度は、昨年度に行った非過去時制の通時的な分析を踏まえて、特に過去時制の分析を行い、非過去時制、なかでも現在時制との交替を考慮に入れた分析を試みた。また、歴史語用論や時制に関する文献をさらに調査し、理論の展開を確認・検討した。 特筆すべきは、チョーサーをコーパスとした過去時制と現在時制(いわゆる「歴史的現在」)との交替に関する分析である。方法論としては、機能-形式の対応づけを採用し、コーパスの範囲を絞って詳細な検討を試みた。劇的な効果を狙うためという従来からの説明に加え、ダイクシス、ディスコース・マーカー、言語行為、語りの構造、談話の構造等について分析を行った。その結果、語り手が効果的に時制の意味・機能を考慮に入れてその選択を行っていることが裏付けられ、時制体系の通時的な発達に関する貴重な示唆を得ることができた。 研究成果として、中英語、初期近代英語それぞれの時制体系、そしてこの間の発達がいかなるものであったのかに関する知見が得られたが、何がこの発達の原動力となったのかについては、今後の研究の進展を待ちたい。
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