異なる話者が同一の経験を言語化した場合、被験者間でどのような形式上の変異が見られるのか。形式上の変異は、言語構造や情報構造、話者の個人差、性差、言語差とどう関連しているのか。時代によって変異パターンと他の要因との相関に変化は起きないのか。本研究は以上の課題に取り組んでいる。 Pear Filmという無声映画を異なる被験者(アメリカ人女性20人)に見せ、被験者ごとにそのあらすじを語ってもらった録音資料を元に、(1)談話に初めて登場する人やものが名詞句として現れる位置、(2)当該名詞句の構造上の複雑さ、(3)新情報導入の際に行われる言い換えや訂正を、(a)新情報の言語化の難度や、(b)述部の意味性質と照らし合わせつつ検証し、結果を英語論文にした。 新情報名詞句は通常、主語や目的語の位置に現れるが、そのパターンには一定の傾向がある。つまり、主語より目的語が好まれ、主語においても、他動詞ではなく自動詞主語を使う傾向が強い。本研究ではさらに、新情報名詞句の内部構造に着目した。なぜなら、自発的発話は書き言葉に比べて文法構造が不安定であることが多く、頻繁に言い換えや訂正が行われるからである。文法構造が不安定な新情報名詞句を調査した結果、そのような表現は名詞句という「型」にはめ込むのが困難な事物だけに限らず、対照的に、言語化する手段が複数存在し、記号化しやすい事物にも見られた。さらに、文法構造が不安定な表現は、出来事を表す述語よりも状態述語でよく見られることがわかった。 このような傾向が男女差や日英語差と関連しないか調査を継続している。加えて21年度の研究過程で、話し手による時制の選択パターンの多様性とその要因を明らかにすることが新たな課題として浮かび上がった。これについても実証的調査を積み重ねていく。
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