中国語を母語とする日本語学習者には、入声音を含む漢語の発音にシステマティックな問題が見られる。「遠足」を「えんそ」、「室外」を「しがい」と言うのは、入声音を失い、母音で終わる母語の干渉である。また、「情勢」を「じょうせき」、「固定」を「こくてい」と読むなど、入声音以外のものにも「き」「く」を付けたり、「述語」を「じゅっご」のように促音化しない環境でも促音化させるといった過剰一般化も見られる。 中国語の方言には入声音を残しているものもあるが、日本語字音の学習に活かせるだろうか。第1期に行った中国語の方言字音調査の結果、若い世代では、維持の度合いに地域・個人差があることがわかった。また、入声音は、呉語(上海・杭州・衢州)ではどの音も声門破裂音となっており、一方、台湾(ビンナン)語では、かなり区別が残っているものの、日本語字音の学習にそのまま活かせるほど完全ではないことが明らかになった。 次に、中国語母語話者を対象として、入声音を含む日本語漢語の音読調査及びインタビューを行った。超級の学習者では、母語である方言に入声音が残っているか否かを問わず、ほとんど問題がなくなっていく。これらの学習者に、どのようにして促音化の有無を判断しているのか聞くと、既習語彙の場合はその知識によるのだが、初見の語でも、促音化の規則を覚えていてそれを当てはめているのではなく、「発音しやすいかどうか」という感覚的な基準をもって判断しているのだと答える。従って、母語の干渉や過剰一般化は、生の日本語に数多く触れること、文字を見て事足れりとせず、日本語字音は母語の字音と異なるという認識を持ち、音に敏感であることによって克服されていくものだと予測できよう。 第二期には、本調査に基づいて教材を作るが、中国語を母語とする学習者に、以上のような認識を促し、かつ、豊富な例によって、耳と感覚を養うという方針によって作成していきたい。また、入声音を部分的に残す方言の話者には、その知識が日本語字音への認識を持つきっかけとなるように工夫したい。
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