福祉をテーマとする「タスク中心英語教授」を大学1年生に対して行い,研究参加に同意する学生1名を対象に,その言語発達の軌跡を指導期間を通して縦断的に追った。本研究では,一人の学習者が教師との対話の中で,教師からのサポートを受けながら,どのように自己統制していくか(教師への依存を離れて自立していくか)という観点で分析を行った。分析は,日本語を母語とする英語学習者に困難性が指摘されている主語の習得に絞られた。 研究対象となったその参加者は,指導期間を通して13回の英文エッセイを授業中に書いた。彼は,各回のエッセイを執筆した後,教師とともに協同で主語・述語動詞の誤りを訂正していった。自己修正における自立の程度を,教師が与えた足場の明示性の度合いによりスケール化し,それにしたがって各節を採点した。その際,タスクの教材に含まれ参加者が授業中経験した動詞(タスク動詞)を含む節とタスク動詞を含まない節に分けて,スコアの変化をそれぞれ追った。 その結果,タスク動詞を含む節の場合は自己統制度が高まり,中盤以降は完全に自己統制できるようになっていた。それに対し,タスク動詞を含まない節の場合は,自己統制が進まなかった。後者の場合,彼は言いたいことを日本語で考えその語順で英語の語句を置いていく方略を採り,教師による「何が主語か」ということに関する意味上の足場が与えられないと主語・述語構造を正確にとらえて表出することができなかった。 本研究は,学習者が過去に経験したことのある動詞を含む節の場合は教師からの少しの助けで自己統制できるようになるが,全く新しい節の場合は,言語化以前の意味をどうとらえるかというところが制御できないということを示した。この言語化以前の意味のとらえ方は,母語習得の過程で形成されたものである。英語的な事態のとらえ方の再構築の促進に関する研究の必要性が浮かび上がった。
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