本研究は、松平定信の著述及び蔵書を主な素材として、定信の世界観と国家意識を明らかにしようとするものである。今年度は、文化5年段階での松平定信の世界観と国家意識を解明することをテーマに掲げ、研究を行った。まず定信の著作「秘録大要」の内容分析と、執筆の事情を考察した。その結果、本書が、文化3年から4年にかけて起こった日露紛争を契機としていたこと、定信が、ロシア問題を、当該期政治・外交の最大の懸案事項ととらえ、それへの適切な対策を考えるためには、まずロシアという国家の特質を理解することが重要であることを、子孫に伝えるために本書を執筆したことが明らかとなった。 次に、定信が「秘録大要」に付した書目リスト「集書披閲」の中から、「魯西亜志」「鄂羅斯紀事」「北辺秘録」「大幸雑録」「寒沢秘説」「覆霜秘説」「北狄政要」「環海異聞」の8編のロシア事情に関わる書物について、作者の経歴や成立事情、内容の特質などをそれぞれ調査し、これら書物のロシア情報が定信のロシア観にどのような影響を与えたのか、その関係を解明した。1冊1冊の内容を丹念に読み解く中で、定信が細心の注意をはらい写本そのものを制作し、ロシア関係の蔵書を増やしていたこと、また、定信が、新興の巨大帝国ロシアに対して、文明国としていかに対峙するかを考え続けていたことが明らかとなった。以上の作業に平行して、次年度以降の研究の準備をはじめた。定信が蝦夷地政策に積極的姿勢を開陳した本多忠籌宛て書状は、作成年月日が未詳のものであり、内容分析を行い、年次を確定した。 上記の研究の一部を、論文「近世の対外関係」(『日本の歴史』近世・近代編ミネルバ書房、近刊予定)としてまとめるとともに、「秘録大要」を紹介するコラム「松平定信とロシア」(同上書)を執筆した。
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