近代日本では、国民が兵役義務を履行することによって発生する、兵役義務者の失職やその家族の生活困窮などへの対応策を軍事救護と呼称した。これは、今日における公的義務履行と国民の生活権との関連をめぐる問題、いわゆる公共性をめぐる問題と関連する事象であり、日本近現代史研究の側から議論のための素材を提供することを課題としている。本研究では、そのための作業の一環として、主として日中戦争期及びアジア太平洋戦争期における軍事救護の実態と特質の解明を目的としている。具体的には、1、戦時応召者への給与支給の実態と政府の対応、2、軍事扶助法及び軍事援護団体(銃後奉公会など)による救護の実態、3、軍事救護の理念の推移、の解明を目的とし、平成23年度は、主に以下の成果を得た。 1、応召官公吏の待遇(給与支給等)に関する官制についての調査・分析により、応召官公吏に対する奉職官公庁からの給与支給はアジア太平洋戦争期には一層拡大(応召者から応徴者や現役入営者へ)し、こうした特権的な処遇は戦争終結後も継続することを確認できた。 2、軍事扶助法及び軍事援護団体による救護の実態を解明するために、主に新潟県上越市公文書センターが所蔵する和田村役場の兵事関係資料、軍事救護関係書類の調査・分析を行った。軍事扶助をめぐっては、応召者が入隊した部隊長から村役場への軍事扶助の督励など、軍隊の果たした役割の大きさを確認できたものの、軍事扶助法による扶助や銃後奉公会による援護については、アジア太平洋戦争期における応召者数の急増に対応していないことがわかった。 3、軍事救護の理念・政策の変容については、軍事救護関係資料からの検出はできていないが、国民徴用扶助政策、戦時災害保護法の法理及び社会政策研究会の記録など関連する分野の調査・研究の結果、1943年から1944年にかけて政策基調に変化(相互扶助論に対する国家責任論、国家補償的側面の強化)がある、との一応の結論を得た。
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