本研究の目的は、寛文~享保期に書かれた異事奇聞の調査・分析を通じた民衆の異文化認識の解明である。従来の研究では、異事奇聞は流言蜚語に類するとして看過されてきた。本研究はその空白を埋め、これまで網羅できなかった対外情報や民衆意識を、新たに分析・提供するものである。平成21年度の研究成果は、『近世初期文芸』第26号に掲載されている。以下、1~3に今年度の研究内容とその成果を示す。 1、全国に散見する「長崎旧記類」「漂流物語」等の異事奇聞の調査収集を精力的に行った。史料の翻刻・整理を行い、内容から大まかな系統分類を行った。すでに成立年の確定した史料を精読した。 2、韃靼漂流事件を元に小説化された『異国旅すゞり』(以下、『旅すゞり』)には、口書『韃靼漂流記』にはない挿絵があり、それは、『旅すゞり』を改訂して刊行された『朝鮮物語』の挿絵とも大きく異なる。この挿絵を同時代の他の作品の挿絵や絵画と比較し、『旅すゞり』の挿絵の持つ意味を考察した。 3、分析の結果、次の3点を明らかにした。 (1)『旅すゞり』の挿絵は、現代の認識から見ると荒唐無稽に思えるが、同時代の他作品の挿絵と比較すると、共通する認識の元に描かれていることが判明した。 (2)『旅すゞり』の挿絵に登場する町人姿の漂流民は、読者の姿を反映しており、読者が漂流民に仮託して異国(当時の民衆の想像世界)を旅する意味合いを有していた。 (3)『旅すゞり』からわずか3.40年後に刊行された『朝鮮物語』の挿絵は、同じ場面を描いても、写実性や実用性が重視され、大きく改訂されている。両者をさらに詳細に比較することで、当時の人々の異文化認識の変遷を確認することができる。
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