平成21年は、基本的には、福祉と貧困に関する研究の基礎的文献を読了、内容を把握して研究の概要をつかむことに主眼をおいた。その成果は、「メークシフト・エコノミー論の射程」(未投稿)、「近世化のなかのコモンウェルス」『近代ヨーロッパの探求 福祉』(ミネルヴァ書房、2010年刊行予定)、「物語の復権/主体の復権 ポスト言語論的転回の歴史学」『思想』(2010年8月刊行予定)などの論文にまとめられた。また秋からはサバティカル休暇を利用して、ロンドン大学歴史学研究所に滞在して研究活動を行った。研究所滞在中は、関連するセミナーや学会に出席して、欧米における研究動向の確認を行いつつ、当該領域の研究者との交流を行った。帰国後は、「貧民の語り」を通じて貧困の範疇分類化とそのレトリックの分析に取り組んだ。第一に、貧困の原因の発見である。貧困の原因を不況による失業、不作・凶作など社会経済的要因のみによるものではなく、高齢期、病気、寡婦や孤児になった場合など、個人のライフサイクルのなかでも貧困に陥りやすいリスキーな時期があることを重視して分類した。第二に、そうした貧困に対応する生存維持の手段の発見である。救貧やヴォランタリズムに加えて、家族・親族ネットワーク、近隣関係、質入れ、売春、犯罪など、多様な貧民の生存戦略を明らかにしようとした。第三に、「貧民の語り」をめぐるレトリックの分析を言語論的に分析、語りのパターンを発見して、言語論的位相と社会経済的次元の接合を試みた。その成果は、「産業革命期イングランド民衆の生存の技法をめぐって 貧困のナラティヴ」として身体医文化論研究会ワークショップ「病と物語」にて報告を行った。
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