本研究は、多様な歴史認識が交錯する中世社会にあって、(1)権力体としての国家の成長と変容が「歴史家」たちの語りをどう変えたのか、また(2)歴史叙述に携わる当時の知的エリートたちは、どのような意識と方法論をもってそれぞれの史書を組み立てていたのか、以上2点の解明を目指すものである。本年度は、最近フランスで出版された二つの論集(『詩的真実と政治的真実』と『年代記の詩学』)が、中世の歴史叙述を政治的な詩作と捉える視点に立っていることを手がかりに、歴史学における文献学的研究の成果と近年の文学理論を融合させることをめざして、13世紀後半にフラシス王国で成立した俗語版王国年代記『王の物語』(あるいは『フランス大年代記』)を分析した。その結果論文「中世王国年代記に現れた「政治的真実」-最近の研究から-」において、初期「国家史」としての『王の物語』は、歴史を語るその叙述スタイルにおいて、先行する「教会史」に典型的なキリスト教的(あるいはユダヤ教的)歴史叙述の伝統を継承する部分も多いことが確認された。また他方で、論理実証主義のもとで一定の様式を生み出してきた近代以降の歴史叙述をすでに先取りする客観的歴史記述への試みもそこには認められた。このことは、歴史叙述全般を対象に「歴史は何をどう記してきたのか」、あるいは「歴史は何を記すべきか/記すべきでないのか」という問いを投げかける、近年のいわゆる「物語り論」の構想に対しても、中世王国年代記の分析作業が一定の意味を持ちうることを示している。現代の歴史家も中世の歴史家も、その立場や時代の違いを超えて、「詩的真実」と「歴史的事実」をいかに調和させて読者に「政治的真実」を提示するか、という難題を抱えており、実際その叙述スタイルには共通するところも多いように思われる。
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