平成21年度に実施した研究の主たる内容は以下の三点である。第一に、シエナ国立文書館とフィレンツェ国立文書館にて史料調査を実施した。その結果、新たにパッシニャーノ修道院をはじめとするトスカーナ地方の教会・修道院に、11・12世紀に遡る財産管理記録が約20点伝来することが明らかとなった。 第二に、シエナ聖堂参事会伝来の11・12世紀の地代リスト3点について、現物の観察によりつつ、リストの物的体裁や作成の様式、テクストの改変など、史料論的考察を加えた。この作業を通して、聖堂参事会による貨幣徴収記録の作成・利用の諸段階を再構成した。 第三に、シエナ聖堂参事会による地代リストの作成と利用を、参事会による財産管理ないし所領経営に関わる文書実践全体のなかに位置づける試みを行った。そこから、地代リストの出現が、新たなタイプの文書(売買契約と借地契約の一体化した文書)の出現や文書保管・管理への関心の高まりに対応する現象であること、そして発展しつつあった貨幣経済へ所領経営をいかに適応させるかという課題に応えるかたちで、参事会がリストを活用するようになったとする点を明らかにした。 本研究の意義は、都市的環境における財産管理記録の出現と普及を説明するための一つの道筋を提供した点にある。イタリア中部に伝来する財産管理記録の多くが農村を拠点とする教会組織のものであることをふまえるならば、シエナ聖堂参事会の事例が今後の比較研究の参照枠となることが期待される。また、今後さらなる事例研究を蓄積していくことにより、中世盛期の財産管理記録一般に関する史料論を構築することが可能となる。
|