法廷弁論家であり、また前4世紀後半のアテナイの政治を主導する政治家の一人でもあったリュクルゴスに焦点を当て、ヘレニズムへの転換期における公と私の関係性について検討した。リュクルゴスによる公共奉仕の推奨は通常エヴェルジェティズムの萌芽とみなされるが、その背景には公私の関係性についての、彼独自の理解があった。エフェボス(新兵)制度の改革や、エイサンゲリア(弾劾裁判)の頻繁な利用もまた、彼独自の市民の倫理化の反映とみなすことができる。今年度は、特に「レオクラテス弾劾」を中心として、エイサンゲリアの運用をめぐるヒュペレイデスとの対立に着目する事で、私人とポリスの関係についてのリュクルゴスの思考について検討した。また、法廷弁論のレトリックを時代的変化のもとに描くにあたって、前4世紀前半の市民性について弁論を検討した。その結果、前4世紀前半は回復民主制下の強調の理念のもと、市民たちには政治参加によるポリスへの貢献が相変わらず求められていたが、世紀後半のリュクルゴスの場合には、市民性を、ポリスの公的領域における政治参加よりもむしろ、私人としての軍事・経済・道徳的貢献に求める傾向にあったことが導かれた。
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