平成22年度の研究では、以下の1と2を主たる研究課題に設定した。(1)平成21年度に収集したパンフレットを素材にして、「16世紀後半のドイツ語圏で出版された《宗教対立下でのプロパガンダを目的とするドイツ語パンフレット》の内容及びテーマ上の特徴」と「その《大衆的情報伝達手段》としての有効性」についての分析を引き続きおこなうこと。(2)16世紀後半のドイツ・ルター派地域で生じた具体的な宗教対立事件に焦点を合わせ、「当該事件を契機とするパンフレットの流通の実態」と「それに対する為政者側の対応」について事例研究をおこなうことである。このうちの(2)では、1580年代~1590年代のザクセン選帝侯領におけるルター派勢力とカルヴァン派勢力の対立を事例研究の対象に取りあげて、(A)ザクセン選帝侯によるカルヴァン主義化政策(1586~1591年)に対抗するためにルター派勢力の側がおこなった反カルヴァン主義的パンフレットの出版・頒布活動とそれに対するザクセン政府側の言論統制措置について、さらに(B)カルヴァン派信徒を標的としたザクセン各地の都市暴動(1591~1593年)に関連する一連のパンフレットの出版・流通とザクセン政府側の対応について、関連史料の収集と分析を進めた。当該史料の収集のために、9~10月にドレスデンのザクセン州立中央文書館とザクセン州立図書館で史料調査をおこなった。AとBの両事件に関連するパンフレット類、当該パンフレット類の流通過程、ザクセン政府側の対応を記した諸文書(言論統制条例や書籍商の摘発記録など)に分析を加えた結果、(i)当該パンフレット類の流布がザクセン領内におけるルター派とカルヴァン派の潜在的対立を顕在化させ、社会対立へと展開させる作用を及ぼしたこと、(ii)ザクセン政府側が《両派の潜在的対立の顕在化》を抑止するための諸措置を講じていたことが明らかとなった。
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