本研究は、証書史料を中心的に利用し、アングロ=ノルマン期イングランドとノルマンディにおける貴族権力と君主権力の関係の諸相を明らかにすることである。初年度である本年は、貴族研究、証書研究に関する基本的文献の収集と研究動向の概括、具体的史料収集・調査を開始した。本年度の成果として、アングロ=ノルマン君主の証書発給について、8月に中・近世のヨーロッパにおけるコミュニケーションと紛争研究会で「アングロ=ノルマン王/公の巡回と証書発給」として研究動向を発表した。3月には、証書発給の実例を「アングロ=ノルマン君主の宮廷集会と証書発給」として、同研究会で紹介した。証書を、土地保有を中心とした権利関係を示す法的文書としてとらえるのみでなく、その発給や利用、保管の現場を探ることで、当時の権力構造の新たな一面が浮かぶ可能性が指摘できるが、そのためには証書そのものだけでなく、関連する叙述史料等そのほかの史料を有機的に利用しつつ、証書発給の実態を解明する作業が重要となる。一方、アングロ=ノルマン期の世俗貴族にしては多く証書を残すチェスター伯家について具体的検討を進めた。チェスター伯家の建立であるセント・ワーバラ修道院の証書集とチェスター伯家の証書を利用し、9月に西欧中世史研究会で「セント・ワーバラ修道院とチェスター伯」、9月に中世英仏関係史研究会で「チェスター伯家の修道院建立と寄進」として発表を行い、その成果を論文「チェスター伯レナルフ2世の修道院建立と寄進」として公表した。レナルフ2世による修道院への寄進や建立には、当時アングロ=ノルマン王国の支配を争っていたスディーヴン王側、マティルダ側との関係だけでなく、レナルフ2世自身のノルマンディの所領や、チェスター伯家の勢力の境界領域である北部ウェールズの政治状況が強く関係していたことが見て取れた。
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