研究概要 |
本研究は,主権国家の境界空間に位置するバスク地方が領域として実体化する様子を,ボーダースケープという景観概念を導入し,それに関与する諸アクタと空間の相互作用を観察することで明らかにすることを目的としている。 ボーダースケープを表象する指標として,「基礎自治体名称」を採用した。バスク自治州で実施された基礎自治体名称変更は,08年末までに157ケースに達し,そのほとんどが名称のバスク語化である。名称変更は法制度に従って実施されるため,名称のバスク語化も制度的支援の枠組みで進行すると考えられがちである。しかし実態は,州独自の名称変更立法が成立する84年以前に名称変更したケースが71に達することから,初期の名称変更では,自治体のエリートや住民が主たるアクタとなり,自治意識の高揚がその原動力になったといえる。名称変更のペースは,バスク語話者高密度地域を一巡した80年代半ば以降停滞する。しかし,90年代半ばにバスク語とカスティーリャ語の地名を併記する「バイリンガル地名」が登場することで,バスク語話者低密度地域でも名称変更が進行した。バイリンガル地名は,ボーダーランドの重層性と両義性の象徴である。州政府は自治州という行政空間のバスク語化を目指すが,州南部や西部のように数百年にわたりバスク語が話されてこなかった地域では,バスク語を地域コミュニティの文化的シンボルとする意識は弱い。そのためにそれらの地域では,Etxebarriのように自治体名称変更を行政ナショナリズムの政治的手段にすりかえる現象が起こったり,Elciegoのようにバスク語の語源にとらわれない命名によりコミュニティの結束を図るといった政治的手法がとられたりするようになる。これらの名称変更の事例には,州政府や県などの行政のみならず,バスク語アカデミー,地元研究家などの知識人が複雑に関与し,曖昧で両義的ではあるが,躍動感のあるボーダースケープを観察することができる。
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