本研究の目的は、極西部ネパールにおける人類学的フィールドワークに基づき、体制転換期ネパールにおける広義の政治言語の生成、流通、変容の布置の一例を、同時代的に記録し分析することである。この目的を達成するため、平成22年度は、第一にネパールで2度にわたり現地調査を実施した。10月から12月にかけての調査は道路事情等もあり予定より短い2か月間に留まったが、極西部ネパールのダルチュラ郡を訪問し、通常の人類学的参与観察に加え、ビャンシー・ソウカ・サマージ等ローカルNGOの主要成員や、ローカルレヴェルの政治家へのインタビューを行い、また演説の様子等の映像・音声データを収集した。さらに村開発委員会議長のご厚意により、通常全く見ることが出来ない村及び郡レヴェルでの様々なインフォーマルな政治的折衝の場に立ち会うことが出来たため、具体的な政治過程の展開とそこでの政治言語の使用に関して、当初計画を越える貴重な情報を得ることが出来た。また3月の調査ではカトマンドゥでの補足的な資料収集、インタビューを行った。これらのデータは現在分析中であるが、その予備的な成果は、別記共編著所載の論文に反映させると共に2011年3月16日にトリブバン大学で行われた国際セミナーで発表した。このセミナーには研究者のみならず政党やNGO等からも多数参加者があり、政治的模索の続くネパールに向けて、いささかなりとも研究結果の社会還元を果たせたものと考えて居る。また、当初の研究計画で予告されていた社会言語学・言語人類学及び希望論についての理論的検討も平行して進めており、その成果の一部をそれぞれ『ことばと社会』『文化人類学』誌に書評として発表した。
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