本研究は、慣習村において、「伝統的」知識人や識字能力によって社会的地位を上げた比較的若い近代的知識人がローカルな場面で「伝統」をどのように語り、そして操作するかを、慣習村の儀礼遂行に関わる規則の変容を中心に調べようとするものである。 最終年度も、文献購読および地方紙資料の分析と現地調査を行った。インドネシア社会や「伝統の創造」に関連する文献を検討し、地方紙『バリ・ポスト』や『ヌサ・バリ』の記事を収集した。地方紙の発行は近年の現象で資料的にも収集の意義がある。また、地方紙の記事はきわめて地方特殊的な特徴をもっており、バリ地方の伝統や慣習とそれについての知識人層の関心や意識を知ることができた。 現地調査では調査対象の慣習村の役職者にインタビューをし、彼らの学歴や職歴の詳細や家族関係を調べた。慣習村の儀礼についての考えを述べてもらい、地方の知識人層に見られる都市の近代的知識人と伝統的知識人とに共通する伝統や慣習への愛着と同時に異なる伝統の扱い方があることを確認した。「伝統的」知識人と「近代的」知識人がどちらも「古来変わらぬ」ものとして「伝統」を語るが、伝統儀礼への参加のあり方は異なり、慣習村規則への取り組み方(変更の許容の範囲やその背景となる理念)にも大きな違いがある。 また、この慣習村への帰属を維持しつつ村外に移住した者の資料や、行政村役場にて行政村(この慣習村の一部がそれに重なる)の住民の近年の移動を調べた。伝統に執着し重要視しつつも、伝統的規則を積極的に改変する用意があるのは、都市に移住し二重の帰属を持つ知識人であることがほとんどであった。
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