研究概要 |
本研究は,法人というものがいくつかの法的効果を擬人化した記号にすぎないだけでなく,どれだけの法的効果の束を法人と称するかは挙げて記号使用者たちの「規約」にかかっていると主張する規約主義的法人概念に焦点を当て、このような法人論が,現実社会のいかなるニーズに応じて登場し,いかなる哲学的基礎・背景を有し,さらにどのような規範的含意をもちうるのかを解明することをめざすものである。 この方針に則り,本年度は主に,規約主義的法人概念の哲学的基礎・背景の探求を行った。本研究が注目するのは主にイギリス近代哲学の古典であるホッブズとロックである。ハッブズについては主に『リヴァイアサン』と『人間論』を素材に,彼の国家論と人格論の関係に着目し,ホッブズにおける2つの人格の定義が彼の国家観とどのような関係を有しているかを精査した。その結果,彼において,人格と代理人を同視する定義が,人格を行為者の行為が帰属せしめられる「帰属点」と理解する現代的な定義と同居しているのも,主権者が,国家の人格を身に着ける(bear)だけでなく,国家の人格そのものをわが身に体現する存在と位置づけられているためであることが明らかになった。 最近の規範論の動向として,世界の諸人民が様々な財や責務をどのような原理に基づき分配するべきか,またその分配において国家あるいはネーションがいかなる役割を果たすべきか,というグローバル・ジャスティスの問題が注目を集めている。国家を「人為的人格」の代表例としてとらえるとすれば,このような国家論がこのグローバル・ジャスティスの問題群に与える影響は決して小さくない。国家の擬制的性格が強調されればされるほど,国家という制度のグローバルなレベルでの責任が希釈されると考えられるからである。現在も,このような国家論とグローバル・ジャスティスとの関係を,政治哲学者デイヴィッド・ミラーの議論を参考にしつつ考察を進めている。
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