本研究は、国民生活の「安全」確保という国家目的の意義が重視される現在の社会状況において、憲法上の「比例原則」という理論要素を手がかりに、憲法上の権利に対する制約の許容性に関わる規範的判断の構造化指針の提供を目的とする。この比例原則は、一方において「安全」目的の外見的な圧倒的意義の前に空転の危機に直面しているが、他方でなお、特定の個人的利益を絶対化する過ちを避けながら適切な利益調整を法的次元で実現できる不可欠の理論要素としての意義を高めている。 本年度においてはまず、比例原則を適用する前提として明確な理解が必要であった憲法上の人権保障の規範構造を再吟味する作業に一応の決着をつけることができた(後掲図書『自律と保護』および論文「憲法上の権利と制度との関係をめぐって」)。すなわち、憲法上の権利保障を主として価値原理の設定と見る思考枠組は比例原則の適用を無原則な価値衡量へと堕落させるもので、現実の問題解決に際して有効性を持たず、比例原則を機能させるためには原則不可侵の権利領域を確保する解釈方法が優先されるべきことが明らかになった。同時に、絶対的保障が想定される人権にあっても、その絶対性は比ゆ的な意味であるに留まり、他の利益との衡量を完全に排除するような絶対不可侵領域を想定させるものではない点が明らかになった(後掲「思想・良心の自由を今、考える」)。 この作業を踏まえて本年度においては、各サブ・プロジェクトにおける実質的な研究に着手し、研究協力者との共同研究体制を構築すると共に、次年度以降に成果発表につなげられるよう実質的な研究実績の蓄積に務めた。
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