平成22年度は、国際刑事裁判の視点から民事賠償メカニズムとの関係性について、比較分析を行った。具体的には、競合調整的機能に関連して、(1)国際刑事裁判において有罪になった者の民事賠償責任の国際法上の位置づけ、(2)刑事裁判における証拠・証人の民事賠償メカニズムにおける援用可能性、(3)個人の刑事責任の立証が国家の損害賠償責任に及ぼす影響、(4)真実・和解委員会(truth and reconciliation commission)などの国際刑事裁判に代替する機構が、民事賠償メカニズムに及ぼす効果といった点につき、特にICTYとボスニア・ヘルツェゴビナ「避難民および難民の不動産請求権に関する委員会」・コソボ「家屋および財産に関する請求権委員会」、イラク特別裁判所と「イラク財産請求権委員会」、ICCと「スーダン・ダルフール補償委員会」などを対象として検討した。また、ICCにおける被害者賠償制度に関連して、被害者の訴訟参加の手続に関する検討を行うとともに、ICCに付属する被害者賠償のための信託基金の組織原理と運用の実際についても分析を行った。 こうした検討から、国際刑事裁判と民事賠償メカニズムの機能には相当の相違点があり、これを同一機関で実施することには限界があることが明らかになった。とりわけ、ICCが被告人を限定する訴追戦略を採用していることに関連して、ICCにより訴追されない者の違法行為による損害については、別途賠償を実現する機関の重要性が指摘できる。他方、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、イラクの民事賠償メカニズムは、刑事裁判とは独立して手続が進行するメリットはあるが、証拠・証人の取扱いなど、刑事裁判と重複せざるをえない側面もあり、刑事と民事の二元的構造が機能の実効性を阻害する可能性があることも解明された。
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