本研究は、人身傷害補償保険契約(以下「人傷保険契約」という。)の法的性質とこれに適用されるべき規範を明らかにし、加えて、人傷保険契約に基づく請求権代位の在り方に関する解釈論争に説得的な指針を提供することを目的とする。 平成23年度は、平成21年度・22年度に行った人傷保険契約に関する実態調査や理論的分析の成果を基礎として、主として、現実の紛争例を参照しながら、人傷保険契約の法的構造のいかなる点が同保険契約をめぐる紛争を引き起こしてきたのか、それらの紛争の個々的な処理の在り方(裁判での決着)が妥当であったかについて、研究を行った。なかでも、人傷保険金を支払った人傷社が請求権代位により取得する損害賠償請求権の消滅時効の起算点がいつになるかという問題は、人傷保険契約の構造や代位に在り方とも密接に関連し、それらを考察する際の重要な手がかりになると考えられたことから、特に時間をかけて検討した。論文「人傷保険金の支払いを行った保険者が取得する損害賠償請求権の時効の起算点」はその成果であるが、この研究を通じて、学界の多数説であり、ごく最近最高裁によっても採用されたいわゆる訴訟基準差額説をとったからといって人傷保険契約をめぐる紛争がすべて解決されるわけではないことに加え、なぜ人傷保険契約をめぐってこれほど紛争がするのか、現行約款の下で今後どのような不都合が生じるおそれがあるか、という点についても相当程度明らかにすることができたと考えている。今後は、以上の成果を基礎として、人傷保険契約の具体的な改革論を検討することを企図している。
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