本年度は、遺伝診断の法的問題を当該技術の用いられる具体的場面に即して検討する、という方針に従い、親子関係における遺伝診断(DNA鑑定)の意義を検討した。これは、実親子関係において血縁(遺伝的連続性)にいかなる意味を与えるかによる。実母子関係については、分娩者を母とする考えが一般的である。もっとも、その前提として、分娩が母子関係を基礎づけるとするのか、母子関係を基礎づけるのは血縁であって分娩は血縁の存在を推測させる事実に過ぎないとみるかに応じて、血縁の意義は異なってくる。そして、後者の理解にたち、母子関係を遺伝的事実に適合させる制度を新たに設ける場合には、DNA鑑定は重要な役割を果たすことになる。ただし、ドイツで創設された鑑定のための試料提供請求権は、母子関係でも用いられる可能性があり、その場合、分娩者とは異なる者が遺伝上の母であることが判明しても、法的母子関係に変動はない、という事態が生じる。この事態を甘受すべきかは、政策的判断となる。他方、実父子関係では、すでに日本でも嫡出否認・認知の裁判におけるDNA鑑定の利用が議論されてきた。いずれの裁判でも血縁の有無が実体法上の判断基準とされているが、鑑定については条件整備が整っていない状況にある。さらに、そもそも嫡出否認制度には提訴期間の厳格な制限があるため、父と推定されている夫・子・母の間で遺伝上の父子関係がないことが明らかであるにもかかわらず、法的父子関係は覆せないという事態が生じる。DNA鑑定によって遺伝的つながりの有無は明らかにできるようになったが、現行法はそうした状況を想定していない。そこで、あらためて血縁を親子関係の基礎づけとするのか、これを肯定するとしてどの程度の重みを与えるのか、という問題が親子関係法に突きつけられている。以上の認識が、本研究の検討で明らかになった点である。
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