研究最終年度にあたる本年度は、近代政治思想におけるエピクロス主義的伝統をホッブズおよびパスカルの思想のなかに跡づけることを主たる課題とした。 1.ホッブズがガッサンディ経由でエピクロス哲学の影響を受けたことは従来しばしば指摘されてきたが、その詳細は今日なお明らかではない。そこで本研究では、原子論形而上学、快楽主義倫理学、正義のコンヴェンショナリズム、宗教批判の4点についてエピクロスとホッブズの所説を比較検討し、ホッブズがガッサンディの影響下に敬虔なキリスト教徒を装いながらエピクロス哲学の本質的要素を摂取していった次第を明らかにした。またホッブズ政治哲学の意図が、地上の平和を確立して「暴力死の恐怖」から人類を解放することに限定され、「死の恐怖」からの解放を約束するものではない点に着目し、ホッブズが人類の最終的救済をなおもキリスト教信仰に求めていた可能性があることを指摘した(論文「心の平静から社会の平和へ-ホッブズはどこまでエピクロス主義者か?」)。 2.次いでパスカルにおけるエピクロス主義の問題を論じるにあたり、その前提として、可死性からの救済を追求するエピクロス主義とキリスト教が提携する可能性をローマにおけるエピクロス哲学の受容史の検討により確認した。その成果として、エピクロス主義のラディカルな自然主義哲学をめぐって対立したルクレティウスとキケロが、エピクロス主義的な正義のコンヴェンショナリズムの視点からローマの実定法秩序を批判する立場を共有していたことを解明し、またこの批判が後のラクタンティウスやアウグスティヌスら初期キリスト教神学者たちに継承されることで、近代エピクロス主義のなかに哲学ベースの世俗的系譜と信仰ベースの有神論的系譜とが併存する理由を説明した(論文「城壁の哲学-ローマのエピクロス主義について」)。
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