研究概要 |
経済取引にはモラルハザードがつきものである.歴史的にその対処は,小さな共同体内での顔の見える繰り返し取引から始まり,規模の拡大につれて国家権力による契約や権利の履行強制によって発展してきた.グローバリズムとIT化により,取引の匿名性や企業の参入退出の自由度や国境を超えた取引の割合が高まり,伝統的な契約強制システムに代わる新たなインフラの重要性が増してきている.我々はその新たなインフラの役割を信頼関係と社会規範が果たす可能性に着目する.約束が履行されるのは信頼・信用を失うという規律付けがあるからで,社会的評判が重要な社会ならば規律付けは十分に機能する.このような規律付けが,プレイヤーが自由に参入・退出できる状況でも成立するのか,するとしたらどのような形を取るのか,を主に進化ゲーム理論の観点から分析するのが本研究の目的である. 今年度はまず,6月に「Reference Letterモデル」の論文を学術雑誌に投稿した(審査中).これは,参入・退出が自由にできる状況での推薦状・資格の役割について,自発的継続囚人のジレンマゲーム(VSRPD)を使って考えたものである.協力関係を築いたのにパートナーを外生的な理由で失った場合,協力関係の証拠が「推薦状」という形で残る.中央集権的な情報管理機関もなく各プレイヤーの具体的な過去の行動までを知ることは不可能でも,そのプレイヤーと過去のパートナーの間に協力関係が存在したか否かという情報が社会で伝達されることで,情報の伝達がないケースよりも社会厚生が高まることを証明した. また,相手の今後の戦略に対する「信念」(belief)が社会的に形成・継承されていくという「shared Beliefモデル」を分析し,いくつかの国際学会で報告した.社会的に継承される信念に対する最適反応となっている戦略のみが侵入可能な場合,VSRPDにおいてこれまで安定的ではないとしていたナッシュ均衡のいくつかが信念にもとづく安定性をもっていることを証明した.
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