研究概要 |
経済取引にはモラルハザードがつきものである.歴史的にその対処は,小さな共同体内での顔の見える繰り返し取引から始まり,規模の拡大につれて国家権力による契約や権利の履行強制によって発展してきた.グローバリズムとIT化により,取引の匿名性や企業の参入退出の自由度や国境を超えた取引の割合が高まり,伝統的な契約強制システムに代わる新たなインフラの重要性が増してきている.我々はその新たなインフラの役割を信頼関係と社会規範が果たす可能性に着目する.約束が履行されるのは信頼・信用を失うという規律付けがあるからで,社会的評判が重要な社会ならば規律付けは十分に機能する.このような規律付けが,プレイヤーが自由に参入・退出できる状況でも成立するのか,するとしたらどのような形を取るのか,を主に進化ゲーム理論の観点から分析するのが本研究の目的である. 今年度は多様性に着目し,(1)昨年度から取り組んでいた「協力と非協力の2戦略からなる均衡の存在および効率性について」の分析をさらに進め,また,(2)「多様な信頼形成戦略と多様な非協力戦略の共存する戦略分布について」の考察も行った.その結果,(1)においては,この2つの戦略による均衡は協力戦略を含む2戦略均衡の中で最も効率的であり,なおかつ広いパラメータの範囲について存在し,逸脱の収益が協力の便益に比べて比較的小さい場合には単一の信頼形成戦略による均衡よりも効率的なことが示された.(2)においては,信頼形成期間の異なる無限の信頼形成戦略がそれぞれ一定割合で存在する分布もまた(1)の2戦略均衡と同じ均衡利得になることが示され,多様性がある均衡が安定性をもつ条件が分析された. また,以前から取り組んでいた紹介状による情報伝達の論文が,Games and Economic Behaviorに掲載された.
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