2010年度の成果は以下の通りである。 1.多様な価値観や自然的・社会的資産の異なる人々が集まって公共性を議論するためには、討議のための作法が必要である。公共的討論のために必要とされる条件を、本研究では原初状態と無知のヴェールに求めた。ロールズを代表とする現代規範理論の社会契約的アプローチに基づいて公共性や社会的正義を論じるために、原初状態と無知のヴェールを再構成・再解釈し、ハルサニやローマーなどのロールズの批判者からそれらの概念を擁護する理論を提示した。 2.公共性の実現のために市場は私的所有権制度などさまざまな公共財とともに重要な働きをするが、公共財としての市場はその成立・維持においてインセンティブ問題に直面せざるを得ない。市場を閾値のない公共財と見なすなら市場の効率的運用は人々の自発性からは導かれない。一方、市場を閾値のある公共財と見なすならば、特殊なケースで効率的となるが、一般にはそうならない。この点は市場の公共性に大きな問題を投げかけることになる。 3.国家が行う公共性実現の政策には財源が必要である。税制という財源調達制度の正当性を人々による受容に置き、そのための根拠となる正義を原初状態もしくは自然状態における人々の合意に求めるべきことを示した。 4.公共性の重要な要素である機会の平等と社会的厚生の増大との関連を、マルクスの搾取理論を数理的に再構成して幅広い観点から検討した。さらにその観点に立って不平等や社会的厚生に関する尺度・指標の開発に接近した。 5.憲法学の立場から、制度や権利そして公共的なるものを検討した。まず、政権交代に関連してアメリカ合衆国の場合について検討した。また、廃案になった人権擁護法案について現在の視点から、その必要性および問題点の分析を行った。さらに、2010年後半に連続した情報漏洩・管理問題に関して、民主的統制の観点から考察を加えた。
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