平成23年度は専ら、経済停滞の流動性排出理論の説明とその発表のために研究努力を傾けた。基本的な理論については良い評価を得た一方で、理論の解説のために使用したIS-LMモデルは現代のマクロ経済学者には受け入れられないことがわかった。しかし、動学的かつ異時的なモデルは、より不適切だと考える。流動性排出を生み出すいわゆる「ブラックスワン」条件は、現代のビジネス・サイクル・モデルに通底する従来の仮定とは矛盾する。確率論的な意味で未来が予測不可な場合は、観測できない異時的効果ではなく現在の流れ(IS)と現在の蓄え(LM)が重要だとしたHicks(1937年)は正しいと言える。モデル構築の課題に複数の方法で取り組んだ。1つ目として、流動性排出の命題に関する様々な実証的検証を実施した。最近出版されたMohamed Aazim氏と共同執筆した論文で、日本の金利の期間構造におけるズレが、私の流動性排出理論と一致していることを明らかにした。流動性の不安定さに関して競合する解釈を実証的に検証することを念頭に、貨幣需要に関する文献に立ち返ってみようと思う。2つ目として、IS-LMモデルが依然として学部課程では広く扱われている点を踏まえ、政策の閉塞感に関する新しい論文を経済教育専門の学術誌に投稿する予定である。3つ目として、Keynesの「絶対的流動性選好」理論と私の流動性排出理論の類似性に基づき、Keynes(1936年、1937年)の新たな解釈を生み出す経済思想史(HET)用の論文に取り組んでいる。4つ目として、日本経済停滞における流動性排出解釈に関する書籍の執筆にも着手した。 マクロ経済理論と政策にとって流動性排出理論が持つ意義は深い。排出という状況は、政策立案者にとって「ただ飯はない(There is no free lunch)」、つまり従来の金融財政策は役に立たないということである。投資家と消費者の信頼を取り戻すための政策立案が課題となる。
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