研究概要 |
本研究は、近年人々に大きな不安と危機感を与えている食の安全性に関する認知経済学的な考察をめざすものである。昨年度は消費者の不安とリスク認知の特殊性および意思決定の問題を分析したが、今年度は企業側の食品偽装と企業倫理の問題を考察した。また企業のミクロ経済分析を行うにとどまらず、消費者と企業間の情報的関連性を社会ネットワーク理論を用いながら、認知経済学的に考察した。得られた成果の一部を以下に表示の論文としてまとめた。 論文の概略を説明する。ここでは主に期限表示問題と産地偽装問題を取り上げた。問題の概要を展望した後、こうした問題を引き起こした企業の側のインセンティブの問題を、まず従来の「犯罪の経済学」の方法論から考察した。犯罪の経済学はBecker(1968)によって始められ長い研究的系譜を有するものであるが、基本的には犯罪を犯す主体の「コストとベネフィット」を比較検討しながら結論を導くものである。しかし近年、偽装問題については、JAS法、食品衛生法、不正競争防止法、不当景品類及び不当表示防止法による公的監視・罰則の強化がなされ、またこうした問題を引き起こした企業への世論的批判が厳しくなってきたこともあり、とてもベネフィットがコストに見合うものとは考えられない。犯罪の経済学による偽装問題の分析には大きな限界がある。そこで新たな試みとして提案したのは、消費者と企業間の認知ギャップの問題、または認知的な相互関係の分析である。この問題を明らかにするために、Granovetter(1982,1995)の「弱い絆の強さ」の方法論を導入した。消費者側がこれほど強い危機意識を持っているのに対して、なぜ企業側のそれへの認知は大きくずれているのかを考察した。企業間で日々頻繁に取引が行われていても、その取引相手が長期的に固定的である場合には、逆に「強い絆の弱さ」が、企業の認知的改善を大きく制約することを示した。なお経済主体間における認知の相互関係性については、さらに進んだ研究が必要であり、来年度もこの問題に関する考察を深めていきたいと考えている。
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