本研究は、食の危機に関する人々のリスク知覚および曖昧性知覚の認知経済学をめざしてきた。研究最終年に当たり目標にしたことは、単に各個人がどのようなリスク知覚等を有するのかという問題を超えて、そのような人間の知覚がいかなる相互的影響を及ぼしあうかを、新たな脳科学的実験研究で明らかにしていくことであった。そこで実際に実験タスクを作り、被験者の脳血流の変化を、光トポグラフィを用いて計測した。実験の詳細は、以下の論文を参照していただくとして、ここではその概略のみを述べる。 実験では、遺伝子組み換え食品の問題を取り上げた。この問題に関しては国際間で大きな認知上の相違が存在する。日本やヨーロッパ大陸諸国では強い危機意識がもたれているが、アメリカやイギリスでは楽観的な評価がなされている。得られた結果は、以下のようなものである。被験者は自分とは異なったリスク知覚を持つ人々の姿を見ることによって、左半球の前頭葉眼窩野と外側部に、新たに強い活性化を示したのである。ところでこの部位は、われわれが別の研究(Nakagome et al.(2011))で明らかにしたように、真の不確実性=曖昧性の知覚から生じる活性化の部位と一致している。つまりリスク知覚は、自分より楽観的な評価をする人々の姿を見ることで中和されて弱まるどころか、逆にかえって不安感をもともなった危機意識を強めていく可能性がある。 Hsu(2005)、Huettel(2006)、Bach(2009)の研究は、リスク知覚等に関する新たなる脳科学的研究として注目に値するが、しかしこうした知覚等の相互的影響については、まだ積極的研究を展開していない。本研究は、遺伝子組み換え食品の安全性という限定された問題を取り上げたが、しかしリスク知覚等の相互間での影響を新しく分析しており、1つのフロンティア的な研究成果を示すことができたと考えている。
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