本研究の目的は、「在来的経済発展」論から日本の経済発展の類型的な特質を展望し、あわせて労働集約型工業化論など、近年のアジアの経済発展の特質をめぐる諸研究に対しても、新たな含意を加えることである。2009年度は、都市小工業の事例として取上げた玩具工業に関して、重要輸出先のアメリカ市場に関する資料調査をボストンおよびニューヨークの図書館で行ない、国内の業界団体での資料収集と合わせて、中小輸出産業の発展構造に関する知見を深めた。そこでは分散型生産組織が主要な生産形態となっていたが、その存在に関する理論的な考察も、内外の研究史サーベイの公刊を通じて行った。一方、在来的経済発展と日本的労務管理の関連に関しては、一企業であるが労務管理に関する経営史料にアクセスできており、継続的に資料の整理・複写を行なっている。明治後期から1950年代にかけての良質な労務関係史料が残されており、作業の進展が期待される。なおこの論点については、労働市場の構造を考察することも必要になってくるが、それに関しては、農村-都市間労働移動の実証的な検討作業を手がけた。一農村の事例であるが、移動に関する個票的なデータの分析が可能であり、在来的経済発展の一方の主体である小農経営の論理を、労働移動の実態解明を通じて解明することが目指されている。特に、男性の移動に関するデータの提示は、「女工」研究に傾斜しがちな戦前期の農村労働市場研究に対して、新たな論点の提示となっていると思われる。なお、労働移動研究の中間的な成果は、2009年度社会経済史学会のパネルで報告された。
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