本年度が始まる直前の2011年3月11日から14日にかけて、東京電力は福島第一原子力発電所事故を引き起こした。これを調べていくうちに、この原因の本質が技術そのものにあるのではなく、技術経営にあって、それは、本研究のテーマとして取り上げた「日本の産業競争力の周回遅れ」と密接に関係していることを見出した。そこで、本年度はきゅうきょ東電原発事故の本質の研究に焦点を絞ることとした。まず、有識者の有志を募り、FUKUSHIMAプロジェクトと称する有識者委員会を発足させ、委員長として事故調査を行なった。その結果、以下の事柄をはじめて疑義なく証明した。 1.「最後の砦」たる隔離時冷却系(RCIC)が2・3号機において無交流電源で稼働している間は、原子炉は「制御可能」であったから、その間に「ベント&海水注入」をしていれば、原子炉の暴走(「制御不能」の状態)は起きなかった。 2.しかしながら、東京電力の経営者は、海水注入を拒み続けた。1号機で海水注入できなかったのは不可抗力かもしれないが、3号機ついで2号機では余裕をもって「ベント&海水注入」をすることができた。しかし彼らはこれを拒んだ。 3.なぜ拒んだのか。それは、一つには彼ら自身がつくった「過酷事故マニュアル」に因る可能性がある。しかし1号機が未曾有の事態になった後は、可及的速やかに3号機と2号機で海水注入を意思決定できたはず。しかし経営者は、原子炉の「物理限界」とは何かが理解できず意思決定を怠って、原子炉を「制御不能」に陥らせしめた。 4.本事故は、少なくとも3号機と2号機については、暴走することがあらかじめ100%予見可能だった。よって、この事故の本質は、「技術」ではなく、「技術経営」にある。そのため、東電の経営者の刑事責任はきわめて重い。
|