社会的行為においてある成員カテゴリーが参照されているという事態に関する厳密な社会学的記述を、とくに精神障害者を取り巻く相互行為場面の会話分析を通じて構成することが研究の狙いである。本年度はこのための基礎的データベースを構築するため、精神科デイケアおよび診察場面を中心として、100を超える相互行為場面をビデオ収録した。また、これらのうち約40場面に関しては、トランスクリプトを作成し終えた。 分析の予備的成果を日本社会学会にて発表した。この発表では一つの診察場面に焦点を当て、精神科医の薦める処置(クスリの増量)に対して患者が抵抗を示す処置の交渉過程を分析した。医師が「専門家」であり患者が「素人」であるというカテゴリー対は診察場面において基本的に参照されているものだが、相互行為のそのつどの局面で、それが行為に対して有する意味は変化する。医師が処置を勧めるに当たって自分の見解を述べる発話形式(「もう少しクスリを増やした方がいいと思いますね」など)でそれを行うとき、患者がその処置を受け入れたくないならば、患者は医師の発話に明示的な非同意を返す代わりに、それを「情報提供」として受け止めることができる。つまり、「専門家」カテゴリーを参照することで、医師の発話は「専門的な情報の提供」という行為を行っているものとして認識可能になる。このように、「専門家」「素人」カテゴリーは、たんに医師への患者の服従を帰結するのではなく、相互行為の偶発的展開に応じてプラクティカルに利用可能な資源であることが明らかとなった。
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