社会的行為においてある成員カテゴリーが参照されているという事態に関する厳密な社会学的記述を、とくに精神障害者を取り巻く相互行為場面の会話分析を通じて構成することが研究の狙いである。本年度は、一昨年度および昨年度に構築したデータベースの分析を完成させ、研究成果を国際学会で発表するとともに、2本の論文を執筆した(1本は投稿中)。 これらの発表および論文からの第一の知見は、精神科外来診察場面において「専門家」と「素人」という非対称的なカテゴリーがもっとも直截的に反映される処置決定連鎖に関するものである。処置決定は圧倒的に医師が開始することが多く、医師による処置提案前に患者からの処置依頼がなされても、それは正式な処置決定の開始とは見なされない。この意味で、処置決定連鎖には非対称的カテゴリーが顕在化している。だが他方、医師の処置提案手続きにはこの非対称性を緩める指向性も表れている。医師は患者の症状が安定期にあるかどうかに応じて提案内容の表現や提案の完了部形式を使い分けている。また、処置提案がなされる位置に応じて、提案理由を付するかどうかを使い分けることで、提案が患者の希望への感応性と理解可能性を備えるように工夫している。医師の処置提案手続きは、多種多様な症状や処置への希望を持つ患者を前にして、処置決定に秩序だった特性がもたらされる仕掛けになっている。 第二の知見は、精神科外来診察において慢性期の患者が薬物療法以外の解決方法に関心を示す訴えを行うとき、それが医師と患者をどのような相互行為上の課題に直面させるかに関するものである。この種の訴えが持つデリケートな性格ゆえ、患者は「援助を求めること」と「分別ある患者であること」とのディレンマに、医師は「患者を見捨てないこと」と「援助の限界を知らせること」とのディレンマに直面する。
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