本研究の目的はEU(欧州連合)における薬物政策がどのような歴史的経緯によって成立し、それが現在どのような立案過程によって議論されてるのかを、とくにEU内で広く採用されているハームリダクション政策を中心として、社会学的に記述することである。なかでも本年度は、EU内における薬物政策システムの歴史と現状についての研究を計画し実施した。具体的には、オランダ保健省の薬物政策担当官へのインタビュー、EU委員会の薬物政策担当者へのインタビュー、EMCDDA(欧州薬物および薬物誌癖監視センター)での資料収集ならびにスタッフへのインタビュー、さらにはEU委員会主催の研究学会での各国の薬物政策担当官へのインタビューなどである。以下にその結果について概略的に述べておく。薬物政策そのもめは、実はEUメンバー各国の主権事項でありEUとしての薬物政策(あるいはEU委員会の言葉に従えば「ヨーロピアン・アプローチ」)に法的強制力はない。にもかかわらず、EU委員会による各種広報活動、EMCDDAによる各種データの収集、さらにその収集への協力体制(なかでもとくにナショナル・フォーカル・ポイントという調査エージェンシーが各国に設立され、それが直接EMCDDAと連携していること)により、結果的にある特定のまとまりをもったもの(すなわちヨーロピアン・アプローチ)として記述可能になっている。またEU委員会は各種NGOへの援助などを通じて、同アプローチがメンバー各国、さらにはそれを越えて展開することを促進しており、そのことが結果的にEU委員会の進める政策をひとまとまりのアプローチとして記述することをにしている。以上のように、EUの薬物問題へのアプローチは、国家や政府という枠組みを前提とせず、メンバー各国におけるNGOを含めた諸機関の直接的な連携によって可能となっているというこれまで知られていない現状が観察できた。
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