今年度の研究成果は大きく2点ある。1つは、地域社会における公害経験の活用が当該地域だけでなく、同様の問題を抱える他地域や、さらに国内外の広い社会にかかわる普遍性を持つことについて、認識を深めたことである。富山県神通川流域の発生源対策の事例を連携研究者などと調査し、その意義について確認した。その規模、科学性、継続の力などは、他の多くの環境問題に活かせるはずだという点である程度の見通しを共有することができた。おりよく西淀川公害訴訟後の地域環境再生に取り組む「あおそら財団」が、イタイイタイ病対策協議会をはじめとする各地の取り組みに関する学習を進めておられるので、それに関する調査も開始した。イタイイタイ病問題についても県立資料館建設の動きが具体化し、カドミウム問題に関しても現状確認を継続している。 もう1つは、西淀川の他、宮崎県土呂久鉱害とそれに関連する「アジア砒素ネットワーク」の活動について現地調査に着手したことである。砒素問題は、長い被害放置の歴史という点でも多くの学ぶべき点があるが、問題解明に多領域の研究者や市民が必要とされたことがその後の国際的な活動につながった経緯もきわめて興味深い。今後、それについて調査を継続するとともに、こうした展開の可能性について関連の事例と比較しながら考察を重ねていく予定である。 公害問題は、因果関係や認定補償など解決過程において残された課題が多いこともあって、その被害の経験がなかなか社会に共有されなかった。だが、近年、被害の歴史を伝えようとする動きが複数の地域で起きている。それが当該地域以外の、他の社会にとってどのような意味を持つのか、国内外の事例を比較する中で明らかにしていきたい。なお、この点に関連する導入的な考察を別欄記載の通り行った。
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