本年度は研究計画全体における初年度であり、今後の基盤作りのため、第一に、遺伝子研究とそれに関連する生殖医療の分野における大学院レベルの各種教科書および専門誌を渉猟することを通じて、これらの分野における基礎知識を摂取することに務めた。これに関連して、日本人類遺伝学会、日本進化学会をはじめとする内外の学会に参加し、専門家レベルの最先端の研究・議論の一端に触れる機会を得た。これと平行して第二に、大衆文化レベルにおける遺伝子問題の表象について、資料収集と若干の萌芽的な分析を行なった。具体的には、(1)拙蓍『<恋愛結婚>は何をもたらしたか』で簡略にまとめた、大衆文化レベルにおける「優生」観をめぐる調査/研究を継続的に発展させ、近代日本における「遺伝(子)」や「生命」観を表す広範な文献や図版資料の収集を行なった。(2)英国Natural History Museum、Science Museum、Down House (Charles Darwinの生家にして博物館)、日本では北海道大学総合博物館(展示「生物多様な部屋」)における展示内容を詳細に記録し、「生命」表象が「つながり」「連続性」をキーワードとして具体的に配置されている様を確認した。今後は同様の調査を進めると共に、このことと遺伝子表象との関連を歴史のなかで具体的に跡づける作業を進め、遺伝学の発展が私たちの生命観といかなる関係を結んできたかを明らかにしてゆきたい。このような社会学的研究は筆者によるものも含めて端緒についたばかりであり、医療や生命科学をめぐるあらゆる議論、とりわけ「生命倫理」的な議論の文化的土台として重要な意義があるものと思われる。
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