当該年度(第2年度)は、主として、初年度に収集した文献資料およびAV資料の分析を通じて、制度的な科学的言説と大衆文化とを通底する「生命」観念を探る作業を継続した。そこから得られた知見を体系的に整理することは最終年度以降の課題である。ここでは仮設的な二点の断片のみを記しておくにとどめる。1)大局的な一点。近代科学(生物学)において「生物」一般とその本質たる「生命」という二つのカテゴリーが相即的・循環的に形成されてきたことが科学史研究によって指摘されている。現代の生物学が「生命」について語る際にも、形式的に見れば「生命をもつものを生物と呼び、その性質を生命と呼ぶ」という循環論法が働いている疑いが濃い。しかるにこのことが「生命とは何か」をめぐる言説において特段の問題とはされないのは、『生物という概念の外延(何を生物と呼ぶか)についての前科学的直観が、生命科学者と非科学者(大衆文化)においてほぼ共有され、対象選択の前提そのものはあえて疑われないからであろう。おそらくそれは偶然の一致ではなく、歴史的に形成された相互依存関係である。このような見通しから、科学と大衆文化との関連を調べる本計画の意義は明確になる。2)個別的な一点。「生命」を語る言説は、「つながり」「連続性」「連鎖」といった観念・表象を用いることがきわめて多い。特に「遺伝子」「ゲノム」を媒介とする場合にそれが目立つ。このことはわれわれの「生命」観の表現であるとともにそれを規定する現象でもあるように思われる。では、何と何が「つながって」いるのか。こうした観念・表象の機能は何かを探求する必要が見えてきた。
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