「子どものうそは比較的見過ごされているテーマである。」と矢野は指摘した(1992)。子どもの嘘を本格的に取り上げたピアジェの研究もあくまで道徳的意識の発達の道筋についての研究であった。他人に嘘をつく行為の出現は、内的世界にとって重要なメルクマールである。近年、研究が盛んに行われている「心の理論」の獲得の指標として、子どもの嘘の出現を、実験的にだけでなく、自然場面の観察など生態学的な方法も加味して研究することで、「心の理論」獲得の下限の時期を明らかにすることができる。今年度は、次年度に実施する子どもの個別実験のための準備作業として、(1)欺き課題の作成、(2)幼稚園保護者への嘘・隠し事、空想などの出現について問う質問紙を作成、(3)嘘の検出ための生理学的指標の検討を行った。その結果、(1)の欺き課題については、幼児にとってファミリアな課題を作成し、予備的研究によって教示等を検討した。(2)については、3~5歳児を対象とした保護者質問を作成した。きょうだい関係や母子関係等についても設問に含め、嘘と子どもの自我形成・自立との関係が分析できるようにした。(3)については、実験場面の制約や親の同意を得ることの難しさなどから、指尖容積脈波を使用することとし、了解の得られる保護者の子どもについて、脳波等を加え、個別事例研究として生理学的指標と子どもの嘘の出現についてさらに深めることにした。生体反応測定装置が、幼稚園等の計測条件に恵まれない場所でも測定可能なことを確認した。本年度の学会発表は、科学的関心(ここでは、自然物への興味や関心)について、幼少期の親のかかわりなども含めて大学生で調査したが、子どもの自立や外界への関心と親子関係・同胞関係との関連について示唆が得られ、これをもとに、次年度の保護者質問で、嘘だけでなく自立に関わる質問を幅広く加え、「心の理論」獲得期の発達の諸相を検討できるよう、質問を拡充した。
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