他人に嘘をつく行為の出現は、子どもの内的世界形成において重要なメルクマールである。近年、研究が盛んに行われている「心の理論」の獲得の指標として、子どもの嘘の出現を、実験的にだけでなく、自然場面の観察など生態学的な方法も加味して研究することで、「心の理論」獲得の下限の時期を明らかにすることができる。今年度は、(1)幼稚園児の保護者に協力を依頼し、子どもの嘘の出現状況について質問紙によって尋ねた。また、(2)その保護者の子どものうち、3歳児と4歳児を対象に、瓜生(2007)で使用した、ヒーローを救うために嘘を求める課題を実施し、反応を分析した。その結果、(1)については、「言い訳などで嘘をつく」という言語行為は、3歳児・4歳児・5歳児ともに、約4割程度の親が気づいたことがあると答えており、3年齢間で大きな違いはみられなかった。しかし、行為面で「親に見つからないように隠し事をする」では、年齢差が顕著で、その出現時期は4歳以降と見られ、従来から「心の理論」課題通過時期が4歳以降とする結果との符合がうかがえた。(2)については、瓜生(2007)において、低年齢児が課題場面での恐怖感等から嘘をつく行為を取りにくかったのではないかという解釈の余地が残されていた点を改良して実施したが、やはり、3歳児では嘘をつく行為の出現率は低く、とくに3歳後半では25%程度であった。以上より、保護者回答によった(1)からも、子どもを対象とした(2)の実験からも、嘘をつく行為の出現はおよそ満4歳以降と見られる。ただし、3歳代の対象児数が少なく、次年度に対象児を増やす追加実験を行って結果をまとめたい。なお、嘘をつく行為に伴う心理状況を把握するため、生理的指標をモニターしたが、指尖容積脈波だけでは不十分なので、次年度は心拍等の指標も加えてさらに検討を加えることにした。本年度の学会発表では、母親調査により、本研究で焦点となる3歳児についてその発達や育児状況について分析し、自他の分離・自我の形成について重要なこの時期の子どもの育ちの今日的課題について検討した。
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