作業記憶は、当面の課題を適切に解決・遂行するために一時的に活用される能動的な記憶であり、大脳皮質連合野の中でも最も高次の機能に係わるとされる前頭前野がその中枢であると考えられている。前頭前野は海馬と神経線維連絡をもち、海馬から前頭前野への情報の流れが作業記憶にとって不可欠となっていることが推測される。本研究は、空間的作業記憶における海馬-前頭前野系の役割を解明することを目的とし、ラットを用い、空間的作業記憶課題遂行の各過程に係わる脳内神経伝達物質-受容体を検索してきた。前年度まで2つの課題を用いて、海馬と内側前頭前野のグルタミン酸N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体がどのような役割を果たすのか検討し、遅延挿入放射状迷路課題の遂行にはNMDA受容体が重要な役割を果たすことが示されたのに対して、モリス水迷路における遅延場所見本合わせ課題を用いた場合は、同受容体拮抗薬の効果が一貫しなかった。そこで22年度は、さらに他の空間記憶課題を導入して検討することとした。自発的物体再認テストの改変である自発的「物体位置」再認テストは、2つの同じ物体が置かれたアリーナにラットを一定時間暴露して(見本期)、しばらくの遅延の後、同じアリーナに戻した際に片方の物体の位置を変化させると、その物体により多く探索を示す傾向を利用した空間記憶テストである。このテストの基礎データを得るため、物体の選択、見本時間の設定、遅延時間の設定を検討し、さらにテスト期にはどの時間帯の行動に注目すればいいのかを分析した。自発的物体位置再認記憶は、見本期の条件設定によっては24時間という長時間の保持も可能であることがわかった。
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