研究概要 |
作業記憶は、当面の課題を適切に解決・遂行するために一時的に活用される能動的な記憶であり、大脳皮質連合野の中でも最も高次の機能に係わるとされる前頭前野が、その中枢であると考えられている。前頭前野は海馬と神経線維連絡をもち、海馬から前頭前野への情報の流れが作業記憶にとって不可欠となっていることが推測される。本研究は、空間的作業記憶における海馬-前頭前野系の役割を解明することを目的とし、ラットを用いて空間的作業記憶課題遂行の各過程に係わる脳内神経伝達物質-受容体を検索してきた。23年度は、自発的物体位置再認テストを用いることにより、以下の点が明らかとなった。 (1)自発的物体位置再認テストは、一定のフィールド内に置かれた2つの物体に曝された動物が,遅延時間の後に、この2つのうち片方の物体位置が変化した状態で再びその場面に入れられると、新奇な場所の物体を他方より多く探索する傾向を利用したものである。このテストを本研究に適用するための基本的なパラメータの設定は、すでに22年度から開始し、本年度も継続した。従来は比較的短期の保持時間(遅延)条件を用いた検討がなされてきたので、これをさらに長時間(数時間~24時間に及ぶ期間)の後でも記憶の保持がテストできるよう、記憶テストとしての実施手続きを確立するための実験を行った。その結果、見本期における物体への暴露が計20分に及ぶような十分に長い時間を設定すれば、24時間の遅延時間の後でも、ラットは新しい位置の物体をより多く探索し、記憶保持の証拠を示すことがわかった。 (2)このテストで測定される記憶におけるグルタミン酸受容体の役割を調べるため、N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体の部分アゴニストであるD-cycloserine(DCS)の末梢投与の効果を検討した。見本期の直前、直後、さらにテスト期の直前のDCS投与はいずれもテスト期の成績(2つのうちの新奇な位置の物体に対する探索の率で評価)の促進をもたらし、この自発的物体位置再認における複数の様々な過程にNMDA受容体が関わることが示唆された。
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