本研容の目的は、往来物(前近代日本の読み書き教材)の変容過程について、テクスト学的な視点から分析を加え、書簡文という独特の教材形式が日本においておよせ千年にわたって継続したことの意味、およびその往来物が近世期と明治期において大きく変容していったことの意味を考察することを目的としている。 本年度においては、テクスト学の知見から、日本におけるテクスト(書記言語や文書)の在り方と関連させて、往来物の出現の必然性について考察して、これを論文(共著の著書)にまとめた。文法構造の異なる中国語から漢字を移入して書記言語を構築した日本においては、口頭語と異なる書記言語そのものに習熟する過程が不可欠であり、このための特別なテクスト(教科書)として、往来物が必要であったことを明らかにした。 近世期になって多数出現するようになる歴史系往来物についても史料調査とその分析をおこなった。具体的には、歴史系往来物のひとつである「直江状]について、これを収集し、内容上の分析と考察をおこなった。これについては、歴史博物館等の依頼により、2回の講演をおこなった。 日本における読み書き教育の普及に関する基礎的な研究として、明治期の識字率調査についても、史料の収集・分析とこれによる考察をおこない、論文(共著の著書)にまとめた。識字率が、地域における職業構成との間に相関関係を有すること、それが、近代学校制度の確立のなかで、次第に変容を遂げていたことを明らかにした。
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