本研究の目的は、往来物(前近代日本の読み書き教材)の変容過程について、テクスト学的な視点から分析を加え、書簡分という独特の教材形式が日本においておよそ千年にわたって継続したことの意味、およびその往来物が近世期と明治期において大きく変容していったことの意味を考察することにある。 本年度は、山口県文書館、国立教育政策研究所、神戸市文書館、兵庫県立図書館などの調査をおこなった。本年度の調査においては、これまで認識されていない新種の往来物の発見をおこなうことはできなかったが、山口県の調査においては、識字率の高い地域において、明治初期の就学率が必ずしも高くないことが見いだされ、その理由として、近代以前の学習が依然として機能していたことが推定されるところとなった。このことは、往来物が明治初期においてもなお有力な教育技術たりえていることを示すものであり、今後、当該地域の人々が実際にどのような往来物を学習していたのか、実地調査をおこなう予定である。 今後においては、山口県についてさらに継続的な調査をおこなうと同時に、他地域に関する新たな調査をおこなう予定である。具体的には、詳細な学習記録の記載のある手習塾門人帳を有する福井県の調査をおこなう予定である。また、明治期に発行されたおびただしいマニュアルのなかに、多くの往来物が存在していることから、これらの調査をおこなう予定である。
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