研究課題/領域番号 |
21530792
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
八鍬 友広 東北大学, 教育学研究科(研究院), 教授 (80212273)
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研究期間 (年度) |
2009-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 往来物 / テクスト / 識字 |
研究概要 |
本研究の目的は、往来物(前近代日本の読み書き教材)の変容過程について、テクスト学的な視点から分析を加え、書簡文という独特の教材形式が日本においておよそ千年にわたって継続したことの意味、およびその往来物が近世期と明治期において大きく変容していったことの意味を考察することにある。 前年度までにおこなった研究により、山口県の調査において、識字率の高い地域において、明治初期の就学率が必ずしも高くないことが見いだされ、その理由として、近代以前の学習が依然として機能していたことが推定されるところとなった。このことは、往来物が明治初期においてもなお有力な教育技術たりえていることを示すものであり、今後の調査が必要であると判断された。具体的には、当該地域の人々が実際にどのような往来物を学習していたのかについて、実地調査が必要であると判断されるにいたった。 以上を受けて、本年度においては、主として山口県の調査をおこなうこととなった。この結果、明治期における山口県および玖珂郡の学事関係資料が大量に山口県文書館に所蔵されており、そのなかには、明治初期の学校で使用された往来物の題目が、学区ごとに記されていることがわかった。これにより、明治初期の学校教育が、事実上、近世期とほぼ同様の教材によって実施されていたことが判明した。学区ごとにこのような情報が得られることは希であり、きわめて貴重な資料ということができる。本年度は、数次にわたる山口県調査により、これらの資料を含む、山口県および玖珂郡の学事関係資料およそ1万コマを撮影し、デジタルファイルとして保存した。この分析を来年度においておこなう予定である。 来年度においては、山口県についてさらに継続的な調査をおこなうと同時に、明治期に発行されたおびただしいマニュアルのなかに、多くの往来物が存在していることから、これらの調査をおこなう予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、往来物(前近代日本の読み書き教材)の変容過程について、テクスト学的な視点から分析を加え、書簡文という独特の教材形式が、日本においておよそ千年にわたって継続したことの意味、およびその往来物が近世期と明治期において大きく変容したことの意味を考察することにある。 往来物に関するこれまでの研究においては、その重点が、往来物の収集と分類に置かれてきたために、往来物の歴史的意義に関する理論的な位置づけの点で弱点を有すること、および、それが主として教育史研究においてなされてきたために、テクスト(記号の配列およびそれを実現する物質的なテクノロジー)そのものの技術史のなかにそれを位置づける視点が弱かったことなどが、研究上の課題となっている。 本研究においては、テクスト学の視点を取り入れることによって、往来物の歴史上における意義を理論的に考察すると同時に、文字と文書によってなされる「書承」の文化全体のなかに、往来物を位置づけてみることを目指すものである。 以上の目的のために、主として、以下のような研究が計画された。①「西庵状」などのような近世初頭に編纂された往来物の収集と分析、②福井県における識字および寺子屋関連史料の収集と分析。③山口県における識字および寺子屋関連史料の収集と分析、④明治期における往来物の変容過程に関する分析。以上のうち、①に関しては、有力な史料を得ることができておらず、今後、調査方略などを再検討することが必要である。②と③については、すでにかなり有力な史料を収集することができた。このうち幾つかの史料については、現在、論文を執筆中であり、来年中には発行の予定である。④については、まだ充分に調査がおこなわれておらず、今年度は、主としてこの点について調査をおこなう予定である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究における具体的な計画は、「現在までの達成度」にも記したように、①「西庵状」などのような近世初頭に編纂された往来物の収集と分析、②福井県における識字および寺子屋関連史料の収集と分析。③山口県における識字および寺子屋関連史料の収集と分析、④明治期における往来物の変容過程に関する分析をおこなうことである。 以上のうち、②と③において具体的な進展がみられた。しかし、②のうち、寺子屋に関する膨大な史料については分析が十分ではない。この史料は、今後さらに数年程度の研究が必要となるほどの史料であり、別途の研究計画を立案することが必要であると判断される。③における史料に関しても、明治期に使用された往来物についての分析は、いまだ不十分である。これについては、今年度において、ある程度までは分析を行い得るものと判断されるので、今年度は、継続してこの分析にあたるものとする。 今年度の主たる調査対象は、④の明治期における往来物の変容過程である。すでに、近代デジタルライブラリーにおいて、明治期における膨大なマニュアル書の往来物が存在していることを確認しているので、今年度は、これらをダウンロードして、実際に分析をおこなうこととする。また、実物史料の確認のため、国立国会図書館における実地調査をおこなうこととしたい。 このほか、②福井県、③山口県における補足的な調査を実施する。とくに、山口県においては、明治期の教育史史料がきわめて膨大であるので、さらに数回程度の史料収集が必要となる。 今年度は研究計画最終年度となるので、学会発表や論文刊行などの形で、研究成果の発表をおこなうことを目指すものとする。また、本研究計画において充分に達成できなかった項目において、今後の課題を明確にしておくこととしたい。
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